しろいるか&恐竜の創作ほりっく

ものづくりのとりこである筆者が、しろいるかや恐竜になりすまして創作活動に勤しむブログです。小説、4コマ漫画、ぬいぐるみ制作ほか、なんでも挑戦します。

018:いろんなことに情熱を持ってしまうことへの焦りと、先輩の金言

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多趣味な自分へのマイナス感情

 こんばんは。ブログ上の名前をしろいるか、としているので、しろいるか、と名乗ることにしますが、しろいるかです。4コマ漫画の内容と合わせて、いっそ、私=恐竜に変更した方がいいかもしれません。紛らわしいので。

 雑記中の雑記ですが、今日は普通のブログを書いてみようと思います。

 

 私は、趣味がたくさんあります。

  • 歌を歌います
  • ギターを弾きます
  • 自分の弾き語り音源に、打ち込みドラムやベースを入れられます
  • 物書きがとにかく大好きです(小説や歌詞など、なんでも書きます)
  • 絵も描きます
  • 読書も漫画もゲームも大好きです
  • 最近は、我流丸出しのぬいぐるみ制作にお熱です
  • と思ったら、気がつけば4コマ漫画を描いてしまいます

 その他、もろもろです。こういう風に書くと、なんか楽しそうな人生だな、という風に読めるかもしれないのですが、実際はそうとも限りません。なぜかというと、何一つとして、花が咲いていないと自分で思ってしまうからです。実際問題、さほど、花が咲いていないのです。笑

 

 花とは? ということを論じるには、結局は「各々の趣味のゴールをどこに置くか」ということが問題になると思います。抽象的な物言いをご容赦いただけるなら、おそらく、自分で思うに、私はでっかい何かになりたいんだろうという気がします。ものすごい大輪の花を咲かせたい、と願っているのだと思います。何かを生み出して、成果を出して、他者から承認されて生きていきたいんだと思うのです。 

 いいじゃん、自分の人生でしょ、好きなことして承認されて生きていきなよ、と自分に言ってあげたいですし、それはそれで真理なのですが……。そういう願いを持つ上で、大きな問題があります。これは、私が多趣味なことと、大いに関係するのですが、私の問題はこうです。

 

情熱が、大きな成果を出すまで持たない。持った試しがない。

ゆえに、

大きな成果が出ない。ついでに実力もついていない

ということです。私が多趣味なのは、趣味の数だけ大志を抱き、そして同じ数だけ転んできたからなのです。 

 例えば音楽。中学生くらいから音楽に目覚めて、大人になるまで、細く長く音楽を続けてきました。主に歌とギター。プロを目指すレベルでは全く! 全くなかったのですが、そういう音楽大好きな生活をしていれば、身近にプロに片足突っ込んだ人間や、なんならば本物のプロがひょっこりと現れたりするわけで、

「あっ、超歌上手い、なにこの人こわっプロっ」

みたいになって、頭でなく心で理解する自分の身の丈。薄々、音楽的才能の乏しさに気づきつつ、まあ悲観するほど下手でもないさと思い直し、だらだらと音楽的日々は流れていきました。

 才能なんざ枯れるまで捻り出してみなきゃ分かるものか、歯あ食いしばってトレーニングしてろ雑魚が! と自分を叱咤激励する気力もだんだん・だんだんと減衰していき、自分としては最も長く、情熱をもって打ち込んだ趣味である音楽に対し、素直に冷静に、かつ全くなんの後悔もなく「一生打ち込むには、ちょ~っぴりセンス足りなかったな」という判断を下すに至ったのは何年前のことだったか。才能がそれほどなかったのは間違いなかったと考えています。

 

先輩のありがた~い金言

 話が逸れたので戻しますが、私の本当に悪いところ・弱いところは、情熱の爆発が起きてから萎むまでの、精神的な持続力、スタミナのなさだと感じます。実際、今も、多くの趣味から距離を置いて、別のことに手を出したい気持ちになってきています。

 ちなみに、別のことというのは、漫画用のシナリオ・脚本の方に打ち込んでみよう、ということです。コンテストに応募するため、シナリオを練り始めてみたりしています。これがまた、面白いことが浮かんできたときには、楽しくて楽しくて。

 

それで、これまでの自分は、そういう自分の思い・考え方に対して、

だからお前は何をやっても大成しないのだ。また三日坊主か、と周りはお前を笑っているぞ。よそ見してないで一つのことに打ち込め馬鹿たれが

と、冷た~くあたってきました。打ち込む先を変えることに、罪悪感がすごくあるのです。それにしても、批判的精神がすごい。自分を傷つけようという意気込みがすごい。周りは多分、笑ってすらいないぞ? (私に興味がないので)

 

 でも、この間、学生時代から仲良くしている先輩と久しぶりに会って、以上のようなことを相談したところ、このような金言をいただいたのです。

お前は視野が狭い。なにかやりたいことがあるとして、Aのみに打ち込むこと、あるいはBのみに打ち込むことだけが正解ではない。もちろん、それでその道の人間になれるならそれもいい。しかし、AとBの経験を複合することで生まれるC、というものがあるかもしれない。AのエッセンスをBに、あるいはその逆、ということもあり得る。Aをやっていく中で生まれた繋がりが、Bに活かせるということもある。何かを始めることにはそういう意義もあるのだから、もっと長期的な視点を持ったほうがいい。

 私の言葉で意訳してはいますが、こういう趣旨のことを仰りました。私はもう、ガツンと打たれたような感じがしまして、本当に、視野が狭かったなと反省しました。

 

 思えば、成果成果と簡単に言いますが、ここの考え方がそもそも、インスタントな快楽を好む現代人的だったなと思えます。すぐに出る成果は所詮、すぐに出る程度の成果でしかない。趣味Aでも趣味Bでも趣味Cでも、積み重ねていって生まれる何かがあるし、それらはそれぞれ独立したものではなく、どこかでつながったり、影響しあったりするものかもしれない。そういう風に思えば、何をしても全く芽が出ない日々だったとしても、腐る必要はないのかもしれないな、と。

 自慢げに読めたら申し訳ないのですが、私はこのブログで、ほとんど息を吸うレベルの心理的負担で、4コマ漫画を描き始めました。描いたことはなかったのですが、4コマ漫画を読むのは昔から好きでしたし、パソコンでイラストを描いた経験もあったので、(質はともかく)やろうと思ったらできた、という感じでした。これが、先輩の言うAとBから生まれるC、の実例かなと思います。

 その先輩は昔からクレバーな方で、非常に悪い言い方をすればこういう「ペテン的な」ことを好んで仰るお人なのですが、今回ばかりは、ぐうの音もでない指摘でした。そして、その指摘によって、私はびっくりするほど元気になったのでした。

やや無理矢理なまとめ

 さて、上述のとおり、いろんなことに挑戦したいという情熱のかたちと、その量。そういうものが、自分に配られたカード、特徴なんだなと思いますし、自分で否定はしないようにしよう、と最近は思っています。どういう形なのか分からないですが、後ろ指差されようがなんだろうが、面白そうなことにはどんどん手を出して、血肉にし、成果物を白日のもとに晒していきたいなと感じております。

 また、いろいろな方面に浮気はしたとしても、自分はきっと、シロイルカ関連のことに飽きることは、なんかなさそうだな……と、思う今日このごろです。それくらい、取り組んでいて夢中になれることです。

 こいつ、こんなにたくさん文章書くんだ、とお思いの方は、きっとこの読みにくい雑記を、最後まで読んでいただいた人なのでしょう。お読みくださり、どうもありがとうございました。おやすみなさい。